「この地で子育てが出来て幸せなのは」

有機農家で食に関してはほぼ自給自足している一家、二児の母である鈴木幸代さんがしまんと暮らしの思いを綴ってくれました。


「この地で子育てが出来て幸せなのは」

四万十町に移り、一年待たずに生まれた長女は、小学一年生になり、長男は三歳になりました。
ここで私はよそ者ですが、彼らにはここが故郷です。

私の故郷は栃木県の南部、東京から続く関東平野の北部にあります。東京から一時間ちょっとの位置にあり、とても「便利な」所です。

その隣町で育った母は、町が一つ目の大企業を誘致した途端、自然が瞬く間に変わっていったことを、熱っぽく聞かせてくれます。

ほんとうに、ほんとうに、美しかったのに、、、と。

私が日常の暮らしの中で触れてきた川は支流で、住宅地の中を這うように、流れているのかも判らない様な「ドブ川」。本流も、なんかちょっと臭くて、、、進んで泳ごうとは思えないのです。

故郷、とは、かけがえのない、ほかのどこを探しても無いところ。こころが、帰るところ。
しかしそこは、五つもある工業団地と、住宅地と、チェーン店とがひしめき合い、ほとんどの地面がコンクリートで固められ、皮膚呼吸もままならないような土地です。

親兄弟、親友が居なければ、決して帰るところではない。土地との関係が、ほぼ無いのです。

そして四万十。

山の恵みを集めて運ぶ四万十川。山間地。

お隣の、とてもとても優しい顔をして、とてもとても働くおばあちゃんの、土地の隅々まで使い切る洗練された畑仕事。ウチの下にある石積から伝わって来る、一番最初に積んだ人の強靭な身体、培われ、引き継がれてきた知恵。山奥まで続く仕事道、、、

そしてこの川で夏に泳ぐ子ども達の、どれほど輝いていることか!!!

これ以上満たされ様のない表情をして、私も子ども時代、こんな顔をしたことがあっただろうか?と考えてみると、せいぜい幼稚園の園庭で木登りしてた時くらいかな、、、

と、こそで気付くのは、木も、自然だった。切って貼った様な物だったけど、自然だったんだな、と。

卒園した数年後その木が伐られてなくなっているのを見たとき、友人が死んだ様な気持ちになったのを今でもはっきりと想い出す事が出来ます。

 

もう一つ。

風車の建った地元住民の方の仰ったこと。

「建てば必ず人は遠のく。下手したら集落を閉ざすきっかけになりかねない。」

「この話はエネルギーの話ではなく、投資の話。」

 

ご自分が受け継いできた田畑の上の山に風車を建てられてしまった方が仰っていたこと。

「今、自分と妻、二人暮らしだけれど、こんなものが建ってしまっては、子や孫に帰って来いなんて言えない。」

 

どんな影響が出るかは、出てみるまでは判りません。

けれど出る前に、他の地で何が起きたのか、学ぶことは出来ます。

壊れるのはあっという間です。そして、もう、戻りません。

美しい河や湧き水と田畑、人の営みは、私の母の時代までは確かにありました。つい最近の、話です。
私たちの経験してきた喪失と、損害を、ここでは繰り返さないでください。
四万十のプライドにかけて、山を川を故郷を、金で売らないで下さい。
四国内で電気は足りています。

四万十に、風車は要らない。

四万十ふるさとの自然を守る会 会員 鈴木幸代